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富山地方裁判所 昭和29年(レ)8号 判決

控訴人 森田平作

被控訴人 才川彦治 外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人等は、控訴人に対し、別紙〈省略〉目録記載の土地の引渡をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人等代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

控訴代理人の事実上並びに法律上の主張は次のとおりである。

第一、本訴請求原因。

一、別紙目録記載の二筆の土地(以下本件土地という)は、農地であつても、もと控訴人の先代亡森田市郎左ヱ門の所有地であつたが、大正三年二月九日、訴外亡森田慶二に譲渡され、更に昭和九年六月六日、同人から訴外亡森田正直に売渡され、昭和十九年九月三十日右正直の死亡によりその家督相続人である訴外森田正彦の所有となつたものであるが、昭和二十三年十月頃、当時施行の自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三条五項六号に基き政府に買収された上、同法第十六条一項により、控訴人に売渡され、その所有となつた。

その後控訴人は、昭和二十五年五月十四日、被控訴人等との間に本件土地の売買契約を締結し、同月二十二日その引渡をなした。

二、しかしながら、右の如き売買契約に基き農地を移転する場合には、当時施行の農地調整法第四条所定の所轄富山県知事の許可を要するところ、右売買契約については右許可はなかつたから強行法規である同法に違反し無効である。

三、よつて控訴人は、本件土地所有権に基き、これを占有する被控訴人等に対し、その引渡を求める。

第二、被控訴人等の主張に対する反論

一、被控訴人等主張の一の(一)項に対し

本件土地の買収当時、訴外森田正彦が満七才(昭和十五年十一月九日生)の意思無能力者であつたこと、および自創法第三条五項六号による買収すべき旨の申し出が右正彦の名でなされていることは認めるが、その余の主張事実は否認する。右は、同人の親権者である訴外森田さつきにおいて、正彦に代理して申し出たものであるからもとより有効である。

二、被控訴人等主張の一の(二)項に対し

控訴人が昭和二十一年十二月十五日頃、被控訴人才川彦治に対し、本件土地の賃貸借契約の解約を申し入れたところ、同被控訴人はこれに応じ本件土地を控訴人に返還したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。控訴人は、次に述べるとおり本件土地の賃貸人であつたから右解約を申し入れる権限を有すること勿論である。

すなわち、富山県東礪波郡福野町地方においては、古来農地につき、所有権と、その内容をなす使用収益権とは分離して別箇のものとして取扱われ、後者を耕作権と称し、所有権と独立して各別に譲渡することが認められ、第三者に譲渡し又は賃貸するも所有権者の承諾を要しないという内容の慣習があり、控訴人の先代市郎左ヱ門が前述の如く訴外森田慶二に本件土地の所有権を譲渡したというのは、右慣行耕作権を留保して、これと分離した右趣旨の内容を有する所有権のみを譲渡したものであつて、右耕作権は大正四年七月二日右先代死亡により控訴人が相続により取得したものである。

ところで控訴人は、昭和二年から被控訴人才川彦治の先代亡才川彌一郎に対し、昭和三年同人死亡後は引続き同被控訴人に対し一作おろしとして賃貸して来たものであるから、昭和二十一年十二月十五日右契約の解約を申し入れた当時においては、控訴人が同被控訴人に対し賃貸人の地位にあつたことはいうまでもない。

三、被控訴人等主張の一の(三)に対し

前記解約については、当時施行の農地調整法第九条三項附則三項による富山県知事の許可がなかつたことは認める。しかし右解約は合意解約であつて、当時施行の同法第九条は、昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十号により改正されるまでは、右は、当事者の一方的になす解約又は解除の制限規定であつて、合意解約の場合には同条は全く適用されなかつたから、前記解約については、富山県知事の許可を必要としなかつたものである。

四、被控訴人等主張の二項に対し

控訴人の被控訴人等に対する本件土地の引渡しが民法第七百八条にいわゆる不法の原因のため給付した場合にあたるとの主張は争う。なお、同条は不当利得による返還請求の場合に適用されるものであつて、本件のように所有権に基く引渡請求の場合には適用されない。

被控訴人等代理人の事実上並びに法律上の主張は次のとおりである。

第一、請求原因に対する答弁

前掲請求原因事実中、控訴人が自創法第十六条一項による売渡処分により本件土地の所有権を取得したことは否認するが、その余の事実並びに控訴人主張の売買契約がその主張の如き理由で無効であることは認める。

第二、主張

一、本件土地の買収および売渡処分は、以下述べる理由で無効であるから控訴人は右売渡により本件土地の所有権を取得できない。

(一)  本件土地の買収は、昭和二十三年八月頃、当時本件土地の所有権者であつた訴外森田正彦が当時施行の自創法第三条五項六号に則り、政府において買収すべき旨を福野町野尻地区農地委員会に申し出たことに基きなされたものであるが、当時右正彦は満七才(昭和十五年十一月九日生)の意思無能力者であつたから右申し出は無効である。かりにその親権者である訴外森田さつきにおいて、正彦に代理してその名において申し出たものとしても、かような方式による代理行為は代理人が本人のためにすることを示して為した意思表示(いわゆる顕名代理)とはいえないから、本人たる正彦に対して効力を生じないものというべきである。従つて本件土地の買収処分は、無効な買収申し出に基くものであるから、当然無効である。

(二)  次に本件土地は、もと被控訴人才川彦治の先代亡才川彌一郎が控訴人の先代亡森田市郎左ヱ門から耕作の目的で賃借して耕作して来たものであるが、昭和三年右彌一郎が死亡したので、その家督相続人である同被控訴人において右賃貸借関係を承継したものである而して右賃貸借関係における賃貸人の地位は、控訴人主張の如き本件土地の所有権者の変遷とともに順次承継されたから、後記解約申し入れ当時の賃貸人は訴外森田正彦である。ところで、控訴人は、昭和二十一年十二月十五日頃、同被控訴人に対し右賃貸借契約の解約を申し入れたので、同被控訴人は当時本件土地の所有権者は控訴人であり、従つて控訴人が賃貸人であると誤信していたので右土地を控訴人に返還したものである。しかしながら、前示のとおり右解約申し入れ当時における本件土地の所有権者は、訴外森田正彦であつて控訴人ではないから、控訴人は右土地の賃貸人でなく、従つて右解約の申し入れは何らその権限のない第三者のなしたものというべきであるから、右解約は無効である。

(三)  かりに控訴人が適法な賃貸人であるとしても、右解約については、当時施行の農地調整法第九条三項附則三項による富山県知事の許可がなかつたから右解約は無効である。

以上(二)、(三)項において主張する如く右解約は、いずれにしても無効であるから、本件土地の小作権は依然として同被控訴人の手にあり、本件土地の買収当時(昭和二十三年十月)において自創法第十六条一項に規定する小作農は同被控訴人であつて控訴人ではなかつたにも拘らず、本件土地は控訴人に対して売渡されたものであるから、右売渡処分は同法第十六条一項に違反し無効である。

二、かりに右主張が理由がないとしても、控訴人が本件売買契約により被控訴人等に本件土地を引渡したのは、富山県知事の許可がないから無効である。ところで、農地調整法はこのような無許可の譲渡を取締るのに刑罰をもつてしているのであるから、右譲渡行為は、公序良俗に反する行為となり、民法第七百八条の所謂不法原因給付にあたるから控訴人は、被控訴人等にその返還を求め得ないものである。

〈証拠省略〉

理由

一、本件土地は、農地であつて、もと控訴人の先代亡森田市郎左ヱ門の所有地であつたが、大正三年二月九日、訴外亡森田慶二に譲渡され、更に昭和九年六月六日、同人から訴外亡森田正直に売渡され、昭和十九年九月三十日右正直の死亡によりその家督相続人である訴外森田正彦の所有となつたものであるが、昭和二十三年十月頃、当時施行の自創法第三条五項六号に基き、政府に買収された上、同法第十六条一項により控訴人に売渡されたことその後昭和二十五年五月十四日、控訴人は被控訴人等と右土地の売買契約を結び、同月二十二日その引渡をなし、現に被控訴人等においてこれを占有していること。右の如き売買契約に基き農地を移転する場合には当時施行の農地調整法第四条所定の所轄富山県知事の許可を要するところ、右売買契約については右許可はなかつたから強行法規である同法に違反し無効であることについては当事者間に争はない。

二、ところで、被控訴人等は、本件土地の買収処分は無効な買収申し出に基くものであるから無効であると主張するので、先ずこの点につき考えるに、本件土地の買収当時、訴外森田正彦が満七才(昭和十五年十一月九日生)の意思無能力者であつたこと、および自創法第三条五項六号による買収すべき旨の申し出が右正彦の名でなされていることについては当事者間に争はない。成立に争のない甲第十号証に、当審証人森田さつきの証言により同人において真正に作成したものと認められる甲第九号証(乙第七号証の二と同一文書)並びに同証人の証言および当審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、右申し出は、正彦の親権者である訴外森田さつきにおいて、正彦に代理して農地売渡申込書と題する書面(甲第九号証)の申込者森田正彦の名下に自己の印顆を押捺してこれを福野町野尻地区農地委員会に提出してなされたものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被控訴人等は、かりに右申し出は正彦の親権者である森田さつきにおいて正彦に代理してなされたものであるとしても、かかる方式による代理行為は、本人のためにすることを示してなした行為といえないから無効であると主張するけれども、叙上の如く

親権者が意思無能力者のために本人の名においてした行為は、特に代理人においてなしたものであることを明示しなくとも、意思無能力者自身のなしたものでなく、適法な代理権限を有するものに於てなしたものであることは容易に推認できるところであるから、かかる方式による代理行為も本人のためにすることを示してなした行為として適法な代理方式というべきである。従つて、

この点に関する被控訴人等の主張は理由がないものといわざるをえない。

三、次に被控訴人等は、控訴人の被控訴人才川彦治に対する賃貸借契約の解約の申し入れは、控訴人において当時賃貸人でなかつたからその権限なく、従つて右解約は無効であると主張するのでこの点につき考えるに、成立に争のない甲第一ないし第三、第五、六号証(甲第五号証についての前記被控訴人等の自白の取消は、それが真実に合致せず、かつ錯誤に出たことを証するに足る資料はないから効力を生じないものと認める。)、当審における控訴本人尋問の結果によりその成立が認められる甲第四号証(被控訴人才川彦治の署名押印の部分についてはその成立に争がない)に、原審証人林秀一、当審における証人才川義雄、同森田さつきの各証言、控訴本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、富山県東礪波郡福野町地方においては、古来農地につき、(一)所有権とその内容をなす使用収益権とは分離して別箇のものとして取扱われ、前者を高(たか)ともいい、後者を耕作権(上地権または田〔たんぼ〕ともいう)と称し、両者独立して売買譲渡でき、(二)耕作権の売買譲渡および耕作権者がその耕作地を第三者に転貸するについては所有権者の承諾を要せず、(三)耕作権は所有権に比し通常価格が高く、(四)耕作権者は所有権者に地代を支払う義務を負い、(五)耕作権者が第三者に転貸する場合これを卸上または一作おろしと称し、右第三者はこれを更に売買譲渡転貸することはできないという内容の慣習があり、(上記慣行耕作権は、移転、転貸につき地主の一般的な許諾ある賃借権にあたるものというべきであるから、これを認めたとしても、物権法定主義の原則に反するものではない。)控訴人の先代市郎左ヱ門が前示の如く訴外森田慶二に本件土地の所有権を譲渡したというのは、右慣行耕作権を留保して、これと分離した右趣旨の内容を有する所有権のみを譲渡したものであつて、右耕作権は大正四年七月二日、右先代死亡により控訴人が相続によりこれを取得したが、控訴人は、満州に移住していた関係で、昭和二年三月三十一日から被控訴人才川彦治の先代亡才川彌一郎に対し賃借期間を同年十一月三十日と定めて一作おろしとして賃貸したが、昭和三年同人死亡後は、同被控訴人に対し引続き右期間を更新して一作おろしとして賃貸して来たところ、終戦により昭和二十一年十二月十四日満州から郷里に引揚げて来て、翌十五日、同被控訴人に対し右賃貸借契約の解約を申し入れたことを認めるに十分であり、当審における被控訴本人才川彦治の尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用し難く、その他に前叙の認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定した事実によれば、右解約を申し入れた当時、控訴人は、同被控訴人に対する賃貸借関係において、その賃貸人であつたことは明白であるから、もとより解約を申し入れる権限を有するものというべく、被控訴人等の右主張は理由がない。

四、次に被控訴人等は、右解約については富山県知事の許可がなかつたから無効であると主張するので、この点につき考えるに、なるほど、右解約について所轄富山県知事の許可がなかつたことについては当事者間に争のないところであるが、先に認定したように、「被控訴人才川彦治は、本件土地の耕作権者である控訴人から一作おろしとして右土地を賃借して来たものである」事実と、前掲甲第一号証に当審における控訴本人尋問の結果により認められる、「控訴人は、昭和二十一年十二月十四日、満州から裸一つで引揚げて来たので早速翌十五日、同被控訴人に対し、前記賃貸借の解約を申し入れたところ、同被控訴人も同情して、これを承諾し、右土地を控訴人に返還したので、控訴人においても同被控訴人に対し謝礼として金千円を贈与し昭和二十二年三月頃から右土地の耕作に従事して来た」事実を合せ考えると、右解約は、両者の合意による解約と認むべきである。この点に関する当審における被控訴本人才川彦治の尋問の結果はたやすく信用し難く、原審証人斎藤彌五兵衛、同斎藤太四郎、同林秀一の各証言もまたこの点についての十分な反証とするに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

さて、右合意解約成立当時施行の農地調整法第九条三項附則三項によると、農地の賃貸借の当事者が賃貸借の解除もしくは解約を為し、又は更新を拒もうとするには地方長官の許可を受けなければならなかつたのであるが、その後昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十号による同条改正規定により、農地の賃貸借の合意解約についても同様許可を要することになつたことから考えると、前記改正前の農地調整法第九条三項にいわゆる賃貸借の解除若くは解約については、合意解約を含まず、一方的意思表示で契約を解消させる場合のみを指すものと解すべきである。然らば、前記改正法律施行前に成立した前記合意解約については所轄富山県知事の許可を要しなかつたものと解すべきである。従つて右解約について右知事の許可がなかつたことを以て右解約が無効となるいわれはなく、この点に関する被控訴人等の主張も失当というべきである。

五、更に被控訴人等は、控訴人が被控訴人に本件土地を引渡したのは不法原因給付であるから返還を請求できない旨主張するのでこの点につき考えるに、前示の如く、控訴人が被控訴人等に対する本件土地の売買契約が、農地調整法第四条による県知事の許可がなかつたから強行法規である同法に違反し無効であることについては、当事者間に争はないところであるが、民法第七百八条に所謂不法の原因とは公序良俗違反すなわち、当時の国民感情に照し、醜悪行為として、ひんしゆくすべき程度の反社会性を有する場合を指すものであつて、強行法規に違反して無効な行為であつてもその行為自体が右の程度の反社会性を有するまでに至らない場合には同条の適用はないものと解すべきである。ところで農地調整法第四条所定の許可または承認は、農地の所有者および耕作者の地位の安定を図るため、農地の有効利用および土地兼併の防止を目的とする移動統制規定であつて、元来かかる権利の設定移転自体は何ら前示の如き反社会性を有するものといえない。しかのみならず、もしこの場合、民法第七百八条本文の適用があり、その返還を求めえないものとすれば、農地調整法第四条の違反行為を抑圧せんとする法の目的は反つて失われる結果となるから本件の如く農地調整法第四条の違反行為は、他に特段の事情の加わらない限り民法第七百八条の不法原因給付とはならないものと解すべきである。されば、被控訴人等の右主張も採用するに由がないものといわざるをえない。

六、してみると、被控訴人等は、本件土地の所有権者である控訴人に対し、右土地を引渡すべき義務があるものというべきであるから、これが履行を求める控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべく、右と反対に出でた原判決は失当であるから取消さるべきである。

されば、控訴人の本件控訴は理由があるので民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用し、なお仮執行の宣言については前記認定の諸般の事情を考慮してこれを附することは適当でないと認められるので控訴人の右申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 水谷富茂人 矢代利則)

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